大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京簡易裁判所 事件番号不詳 判決

右の者等に対する労働基準法違反被告事件に付、当裁判所は検察官検事富田康次出席審理を遂げ左の通り判決する。

主文

被告旧安立電気株式会社、被告人小屋良吉を夫々罰金一万円に処する。

被告人小屋良吉が右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は其の全部に付被告会社及被告人の平等負担とする。

理由

(事実)

被告旧安立電気株式会社は旧商号を安立電気株式会社と云い昭和六年三月十七日設立され、東京都港区麻布富士見町三十九番地に本店及工場を設け、其の目的として電気通信機具材料の製造販売等を営んでゐた処、昭和二十五年十月六日解散し清算中のもの、被告人小屋良吉は昭和九年頃から同二十四年七月十一日迄被告会社の代表取締役社長として同会社の業務一切を統轄執行してゐたものであるが、被告会社の労働者に対する賃金支払日は毎月二十五日であるのに被告人小屋良吉は被告会社の業務に関し、

第一、昭和二十四年二月二十五日前記被告会社本店及工場に於て被告会社の労働者米沢実外五百八十一名に対し、同人等に支払ふべき二月分賃金合計三百七十三万六千八百二十円三十七銭を支払はず、

第二、同年三月二十五日同所に於て被告会社の労働者米沢実外五百三十三名に対し、同人等に支払ふべき三月分賃金合計三百十七万七千六百七十一円十一銭を支払はなかつたものである。

(証拠説明省略)

(適条)

被告人小屋良吉の判示第一及第二の各所為は、夫々労働基準法第二十四条第二項本文、第百二十条第一号、罰金等臨時措置法第二条に該当する処、以上は刑法第四十五条前段の併合罪である。(検察官主張の各労働者毎に労働基準法第二十四条第二項本文違反の罪が成立し、それ等が更に併合罪の関係にあるとの見解は採用しない)から刑法第四十八条第二項に依り所定罰金の合算額の範囲内で被告人小屋良吉を罰金一万円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法第十八条に依り金五百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置すべきものとする。次に、被告旧安立電気株式会社に付ては、被告人小屋良吉が同会社の代表者であり同会社のために同会社の労働者に関する事項につき労働基準法第二十四条第二項本文の違反行為をしたのであるから、同法第百二十一条第一項本文、第百二十条第一号、罰金等臨時措置法第二条、刑法第四十五条前段、第四十八条第二項を適用し、所定罰金の合算額の範囲内で被告旧安立電気株式会社を罰金一万円に処すべきものとする。訴訟費用に付ては刑事訴訟法第百八十一条第一項に則り其の全部に付被告会社及被告人をして平等に負担せしむべきものとする。

(弁護人及被告人の無罪の主張に対する判断)

一、弁護人川島文武、同高瀬太郞及被告人小屋良吉は次の如く主張する。即ち被告人小屋良吉は本件賃金の不払防止のため、被告会社保有物品の売却(昭和二十三年十月から同二十四年三月迄の金額合計一千百二十五万四百六十円四十三銭)売掛金の回収、大阪銀行へ賃金支払資金の融資方懇請、人員整理(昭和二十四年一月中六百二名、二月中二百六十七名整理)賃金債務償還の延期等最善の努力をしたものである。従つて、労働基準法第二十四条第二項本文違反に付ても同法第百二十一条第一項但書の趣旨を準用すべきものと解して、被告人小屋良吉の本件賃金不払行為に付ては違法性阻却の事由があるものと言ふべきである。同被告人に於て違法性の意識もなかつたものと言ふべきである。而して、同被告人は賃金不払防止に付社会通念上通常の経営者として為すべき最善の努力をしたもので、同被告人に対しては本件賃金支払に付ては期待可能性が無かつたものと言ふべきであるとの趣旨の主張をし、因て被告人小屋良吉は何れの点から見ても無罪であると主張するが、労働基準法第百二十一条第一項但書の趣旨を同法第二十四条第二項本文違反の罪に付準用すべきものとは考えないし、判示証拠に依り判示事実は認定出来、被告人小屋良吉が違法性の認識に欠ける所があつたとは認められない。又違法性阻却の事由があつたとも認められない。更に、全証拠(証人中被告会社の賃金支払能力に関する意見を述べた部分は除いて)に依り本件当時の被告会社の経済的状態のみならず本件賃金不払を生ずるに至つた過程に付本件より一年位前からの客観的経済界の状況及被告人小屋良吉の会社経営、賃金対策等の処置、従つて被告会社の経済状況等を綜合して見ると同被告人に本件賃金支払を期待することが不能であつたと迄云うことはできない。仍て右主張は認めることができない。

一、弁護人高瀬太郞及被告人小屋良吉は、本件に於ては労働者に於て賃金支払の遅延を承諾したのであり且そのことが今の秩序を害するものと認められないから被告人小屋良吉の本件賃金不払の所為は無罪であると主張するが、之を認めるに足る証拠はないと認めるから此の主張は採用出来ない。

一、弁護人高瀬太郞及被告人小屋良吉は、次の通り主張する。

即ち被告会社の業務運営は取締役会の決議によつてなされ、被告人小屋良吉は同役会の議長となり取締役の一員として取締役会の意思決定の進行に参与する地位にあるに過ぎないから、取締役会の意思決定を無視して自己の意思決定の自由はないし、同被告人は総て同役会の意思に基き行動したものであるから無罪であるとの趣旨の主張であるが、たとえ取締役会に於て賃金支払其他之に関係ある決議があつたとしても、被告会社に労働者に対する賃金支払の義務ある以上、之を怠る如き結果を生ずる取締役の決議は正当なる業務行為と言ひ難く、同被告人に於て取締役会の決議を無視しての自己の意思決定の自由はないとは言えないし、同被告人に於て右決議に参加し之を執行した以上其の結果生ずる賃金不払に対する刑事上の責任を免れることはできない。

仍て右主張も採用出来ない。

(裁判官 永淵芳夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!